「サツマイモ掘り」孫弟子RとKの巻
こんにちは。
今日は畑仕事をすると、タラタラと汗が流れる暑さ。
でも風が吹けば気持ち良く、絶好のサツマイモ掘り日和でした。
第3畑では母弟子Fに連れられて、2人の孫弟子RとKが初登板。
サツマイモ掘りを頑張りました。
作業途中、我らが師匠や、山の上の準師匠(缶ビール持参)、
母弟子達も初めてお会いした、離れ畑の準師匠も姿をお見せになり、
孫弟子達の掘りっぷりを褒めて下さいました。
孫弟子Kは、絶対に芋を綺麗に掘り出したい気持ちが、身体から溢れ出していました。
手で慎重に慎重に土をかき、見事に1本も折ることなく掘り出しました。
母弟子Tはせっかちなので、シャベルで一気に掘り出そうとして、
芋を一刀両断することがしばしばなので、彼の姿勢を見習いたいと思います。
母弟子Fの話によれば、孫弟子Kは芋は好きだけど、緑黄色野菜は苦手な様子。
でも第1畑でのピーマンとナスの収穫は頑張りました。
ただ、母弟子達に「自分で収穫した野菜は、全部Kが食べて良いんだよ」と言われると、
最初の笑顔と、収穫するハサミの勢いは消えたのでした。
そして。
孫弟子Rは、確か2本目に掘り出したサツマイモを、長い時間愛でていました。
じっと眺めてみたり、転がしてみたり、軽く投げてみたり、土に突き刺してみたり。
1本のサツマイモから何を感じているのでしょうか。
想像してみます。
重さ、形、色、触り心地、土の匂い、温度・・・
発達障害と言われる少数派の人の脳は、いわゆる「普通」と言われる多数派の人の脳と
発達の仕方が異なると考えられています。
それ故、彼ら独特の考え方、感じ方があるのだと。
知りたいなぁと思います。
どうすれば彼らが彼らの特性を活かしながら、生きていきやすいのか、快適なのか、楽しいのか。
そして、この体験はRに取って、なかなか楽しいものだっただろうと、思ってみたりします。
そして、本当にそうだったら良いなと思うのです。
今年の春を思い出します。
畑を始めて、1番最初に収穫時期を迎えたブロッコリーを収穫した時。
初めてブロッコリーが生えている様子を見た孫弟子Sが、「ほぅ」と静かに深い声を出したのを覚えています。
「家で見たことのあるブロッコリーと違う。」
そう思っていたのでしょうか。
自分で収穫したブロッコリーを長い間撫でているのを見て、
この体験が、彼にとって面白いものであったら良いな、とその時も思ったのです。
孫弟子Yは、土の中からブロッコリーを掘り出す気満々で畑にやってきました。
地上に生えているブロッコリーを見て、何を思ったでしょうか。
収穫したその日の夕食、いつもはブロッコリーの茎しか食べない彼が、花蕾も食べたと聞きました。
彼らの為に、私たちに何ができるでしょうか?
何か、できているのでしょうか?
師匠は仰います。
「大丈夫だ。手塩にかけて育てておるのがわかる。このまま進めば良いんだ。」
師匠は親の歳までは生きると仰ってます。まだ10年あります。
その頃、孫弟子達はそろそろ社会に出ようかという歳。
手塩にかけて育てた姿を、師匠に見てもらえたら良いなと思うのです。
ではまた👋